本のタイトルを見たとき、なんだろうこれと思った。『北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし』。
貴族、猛禽、雪国、狩り、暮らし。どの単語も意味はわかるのに、全部つながるとどんな話なのか想像がつかない。それが気になって読み始めた。
原作は江本マシメサさんによる小説で、小説投稿サイト「小説家になろう」発の作品。漫画版も刊行されている。
物語は、雪深い辺境の地を治める若き伯爵リツハルドが、元女性軍人のジークリンデに一目惚れし、「一年間のお試し婚」を申し込むところから始まる。
しかし、この作品の魅力は恋愛そのものではない。私が惹かれたのは、その背景に描かれる「暮らし」だった。
歴史や民族文化を物語として体験できる
この作品には、特定の民族や国家が明言されているわけではない。
ただ、読み進めるうちに、北欧のサーミ人(ラップ人)文化やスカンジナビア地方の生活文化をモチーフにしているように感じた。また、ジークリンデの人物像や価値観には、ゲルマン系文化やドイツ的な気質を思わせる部分がある。
そのため私には、北欧の雄大な自然やサーミ文化を土台としながら、中世から近世にかけての北欧・ドイツ系貴族社会の要素を織り交ぜた架空世界として映った。
私は歴史や民族文化が好きなので、この作品がとても面白かった。なぜその土地でその暮らし方になるのか。なぜその食文化が生まれたのか。なぜその価値観が育まれたのか。そういったことが、説明ではなく生活の中で自然に描かれているからだ。
動物を狩る。魚を獲る。獲物を余すことなく利用する。保存食を作る。長い冬を越える。家族や共同体で助け合う。それらは特別なイベントではなく、ただの日常として描かれる。
だから読んでいると、「サーミ人とはこういう民族です」と解説される歴史書や民族学の本を読む感覚とは少し違う。むしろ、その土地に生きる人として暮らしを追体験している感覚に近い。
物語を読んでいるはずなのに、いつの間にか文化や歴史を体験している。そこがこの作品の面白いところだと思う。
「狩って、採って、食べる」だけの物語が面白い
作者はあとがきで、この作品のテーマを「狩って、採って、食べる!ただそれだけの、愛しき日々」と表現している。読んでみると、本当にその通りだった。
大きな戦争が起きるわけでもない。世界を救う勇者が出てくるわけでもない。チート能力もなければ派手な冒険もない。あるのは、狩猟をして、釣りをして、保存食を作って、冬支度をする毎日だ。
それなのに不思議と飽きない。なぜなら、その一つひとつに「生きる理由」があるからだ。
現代の日本では、スーパーへ行けば食材が手に入り、暖房のスイッチを押せば部屋が暖かくなる。けれど作中の人々は違う。
冬を越すために食料を確保し、保存し、自然の恵みを無駄なく使う。暮らしそのものが、生きることと直結している。だから読んでいると、人間が自然の中で生きていた時代の営みを覗いている気分になる。
そして、その営みがとても豊かに見える。

恋愛よりも「生活の相性」を描いている
この作品はお試し婚から始まる恋愛物語でもある。ただ、読んでいて印象に残るのは恋愛よりも生活の相性だ。自然環境の厳しい雪国の中で日常を積み重ねながら、少しずつ信頼関係が生まれていく。
劇的な告白や急展開よりも、「一緒に暮らす」という行為の積み重ねで関係が深まっていく。その描き方がとても心地よかった。
実際、人と人との関係もそういうものなのかもしれない。特別な一日よりも、何気ない日常の積み重ねの方が、その人らしさが見える。
だから二人の関係は、恋愛というより「暮らしのパートナーになっていく過程」として読む方がしっくりきた。
この作品が好きな理由
私は歴史や文化を学ぶことが好きだ。旅行先でも、単に景色を見るだけではなく、「なぜこの土地ではこういう暮らしになったのだろう」と考えることが多い。だからこの作品にも強く惹かれたのだと思う。
『北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし』は、単なる恋愛ファンタジーではない。北欧の自然や民族文化、人々の生活の知恵、共同体の価値観を、物語という形で味わえる作品だ。歴史書や民族学の本ほど堅苦しくなく、それでいて文化の背景がしっかり感じられる。
読んでいると、「なぜその暮らしが生まれたのか」が自然と見えてくる。そして何より、人が自然と向き合いながら生きる姿が温かく、読み終わったあとに長く余韻が残る。
また、 この作品を読んで気づいたのは、「暮らしを作っていくこと自体が、楽しいことなんだ」ということだった。
料理して、片付けて、冬の準備をして。それを義務としてじゃなくて、暮らしの楽しみとして捉えているキャラクターたちの様子が、何か大事なことを思い出させてくれた。
日常が忙しいと、家事は「やらなければいけないこと」になりがちだ。でもそれを「暮らしを楽しむこと」として捉えると、少し気持ちが変わる気がする。 この本を読んだあと、ちょっと手の込んだ料理を作ってみようかな、という気分になった。些細なことだけど、そういう変化をもたらしてくれた一冊だった。
歴史や民族文化が好きな人、暮らしを丁寧に描く作品が好きな人には、ぜひおすすめしたい一冊だ。



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