私はフリーランスで、電話営業の仕事をしています。毎日、顔も知らないたくさんの人と話します。不思議なもので、顔が見えないぶん、声や話し方から、その人の人柄や暮らしぶりが透けて見えることがあります。今日は、この仕事を通して出会った「人」について書いてみたいと思います。
忘れられない、トリマーさんのこと
一番印象に残っているのは、あるトリミングサロンの店長さんです。郊外にある、ごく普通のサロン。電話に出てくれたのは、40代のしゃきしゃきした女性でした。
話しているうちに、その方が「動物と話ができる」とおっしゃったんです。真意はともかく、ちょうど私も猫を飼っていたので、つい仕事を忘れて、自分の猫のことを相談してしまいました。動物と話せるエピソードも、いろいろ聞かせてもらいました。
印象的だったのは、その方が「動物の気持ちがわかる」ことを売りにするでもなく、ただただ動物が好きで好きでたまらなくて、その仕事をされているように見えたことです。
当時の私は、正直、営業の仕事を楽しいと思えずにいました。これは自分の天職じゃない、と思いながら、お金のために続けていたんです。だから、心から楽しそうに働いているその人が、とても眩しく見えました。世の中には、こんなに真摯に、好きな気持ちだけで仕事に向き合っている人がいるんだ——そう思うと、胸を打たれました。
声には、その場の空気がにじむ
たくさんの会社に電話していると、気づくことがあります。電話に出た人の態度が不機嫌だったり横柄だったりするお店は、そのあと出てくる責任者やオーナーも、たいてい同じ雰囲気なんです。
月並みな言い方ですが、会社や職場の空気は、必ず電話口に表れます。声だけのやりとりなのに、その場の空気が伝わってくるのは、不思議なものです。
電話の声は、思っているより伝わる
これは、仕事で電話を受ける人やかける人にも言えることだと思います。電話口の第一声や声のトーンは、自分が思っている以上に、相手にその場の空気を伝えてしまいます。
裏を返せば、顔が見えない電話でも、丁寧さや感じのよさはちゃんと伝わるということです。忙しいときほど声がぶっきらぼうになりがちですが、電話の向こうにも一人の人がいると思うだけで、対応は自然と変わります。私自身、たくさんの電話を通して、そう感じるようになりました。
全国に電話していると、人の面白さが見えてくる
日本中に電話をかけていると、人の反応の違いがとても面白く感じられます。
こちらが少し心配になるくらい、あまり迷わずに話を進める人もいれば、慎重にじっくり考える人もいます。地域によっても、新しいものへの反応や、話の聞き方の温度感が少しずつ違っていて、「お国柄ってあるんだなあ」と感じる瞬間がよくあります。
顔の見えない仕事だからこそ、声から伝わってくるものに、つい耳をすませてしまう。気づけば私は、商品のことよりも、受話器の向こうにいる「人」のことを、いつも面白く眺めているのかもしれません。
おわりに
営業という仕事を、長く「自分には向いていない」と思いながら続けてきました。それでも、あのトリマーさんのように、忘れられない出会いをくれたのは、まちがいなくこの仕事でした。
顔が見えないやりとりの中にも、人の温かさや真剣さは、ちゃんと滲み出てくる。そのことに気づけたのは、たくさんの「受話器の向こうの人」のおかげです。
受話器越しに聞こえた声
電話営業は断られることがほとんどです。でも、たまに長く話してくれる人がいる。そういう人との会話は、仕事の枠を超えた記憶になることがあります。
一度、高齢の男性と30分以上話したことがありました。最初は断ろうとされていたのに、「最近お仕事はどんな感じですか」と聞いたら、話が止まらなくなってしまった。定年退職してから一人で自営業を続けていること、今の若い人への思い、昔の仕事の話。声の奥に、長い時間の積み重ねが感じられました。
電話を切る前に「話してくれてありがとうございました」と言ったら、「こちらこそ」と言われました。誰かと話す機会が少ない人がいる、ということを、この仕事を通して何度も感じています。
声でわかること
電話を続けていると、声だけでいろんなことが伝わってくるようになりました。忙しい人は声のテンポが早い。疲れている人は、最初の「はい」に重さがある。機嫌がいい日の人は、少しだけ返事が柔らかい。
その人の声の調子に合わせて、話すペースを変えます。明らかに急いでいる様子なら、すぐ要件に入る。少しゆったりした空気があれば、少し丁寧に話す。顔が見えない分、声から読み取る情報量が増えてきた気がします。
それが電話営業の面白さでもあります。コミュニケーションの手段が声だけに絞られているから、声への感度が上がる。日常の会話では気づかないことが、電話越しだと見えてくることがあります。
この仕事を続けている理由
電話営業は、簡単な仕事ではありません。断られることが大半で、きつい言葉をかけられることもある。それでも続けているのは、人との接点がある仕事だからだと思っています。
フリーランスで家にいると、一日誰とも話さない日があります。でも電話営業の日は、何十人という人と声を交わす。全員との会話が印象に残るわけではないけれど、たまにトリマーさんのような人と出会う。そういう出会いが、この仕事を続けたいと思わせてくれています。
人の声に学んでいること
電話越しにさまざまな人と話すうちに、「話し方」について考えることが増えました。伝えやすい人の共通点は、話すペースが一定で、要点が早めに出てくることです。一方で、好感が持てる声は、必ずしもそうではない。少しゆっくりで、相手の返事を待てる人の声が、安心感を持たせることに気づきました。
自分の話し方も、少しずつ変わってきたと思っています。早口になりがちだった頃より、間を取れるようになった。それはこの仕事を通して身についたことかもしれません。人と話す仕事は、自分のコミュニケーションへの解像度を上げてくれると感じています。
電話営業の現実
電話営業は、外からのイメージと実際は少し違います。「迷惑なもの」というイメージを持っている人が多いのは分かっています。でも実際にやっていると、丁寧に断ってくれる人が大半だし、きつく言われることは思ったより少ない。
きつい言葉をかけられたとき、最初の頃は引きずっていました。でも今は「その人の今の状況がたまたまそうだっただけ」と思えるようになりました。電話の向こうの人のことが少し想像できるようになったからかもしれません。机に向かって仕事をしているときに電話がかかってきたら、誰でも少し困る。そういう状況を想像すると、きつい返しも別の感触になります。
声だけのコミュニケーションで学んだこと
電話営業を続けてから、日常のコミュニケーションへの意識が変わりました。特に「沈黙の使い方」です。電話では相手の顔が見えない分、沈黙が続くと不安になりやすい。でも急いで言葉を埋めると、かえって会話が進まなくなることがある。
相手が考えている間は待つ、という感覚が身についてから、会話が少し変わった気がします。直接会う場面でも、相手が考えている間に口を挟まないようになりました。電話での経験が、対面でのコミュニケーションにも影響しているのが面白いと思っています。
仕事が教えてくれること
電話越しに出会う人たちを通して、いろんな仕事や暮らし方があることを実感しています。同じ地域に住んでいても、全く違う時間の流れの中で生きている人がいる。農家の方と話すとき、建設業の方と話すとき、料理店を一人でやっている方と話すとき。それぞれの仕事の時間感覚が違って、その違いを声の端々で感じます。
自分の知らない世界を少しだけ覗かせてもらえるのが、この仕事の意外な面白さです。フリーランスで在宅で働いていると、接する人の幅が狭くなりがちです。電話営業を続けていることで、日常の中にいろんな人との接点がある。それが仕事を続けている理由の一つかもしれません。
この仕事と自分のこと
電話営業は長く続けられる仕事ではないかもしれない、と思うことがあります。でも今は続けています。理由は、仕事を通して自分が少し変わっている実感があるからです。
人と話すことへの怖さが減りました。知らない人に電話するのは、最初は緊張しました。今はそれがほとんどなくなっています。場数を踏むことで変わることはある、ということを、この仕事で体感しています。フリーランスで在宅の仕事が中心だからこそ、対外的な接触がある仕事が自分にとってバランスになっているのかもしれません。
声のない対話
電話営業を続けていると、相手の声の向こうにその人の生活が透けて見えることがある。急いでいる人、暇を持て余している人、疲れている人、今日機嫌が良い人。その違いを感じながら話すことが、仕事の醍醐味の一つになっています。
声だけのコミュニケーションは制約があるように見えて、その制約の中にしか生まれない何かがある。顔を見て話していると読み取れる表情や動作がない分、声への集中度が上がる。そういう独特の対話の形を、この仕事を通して経験しています。いつかこの仕事が終わっても、身についたものは残ると思っています。
電話の仕事を続けながら、自分の変化を感じています。知らない人と話すことへの抵抗感が薄くなって、声から人の状態を読み取ることが少し上手くなった。仕事を通じて得たものは、仕事以外の場面でも活きています。
電話の向こうにいる人たちが、私に多くのことを教えてくれました。声だけで人をつなぐ仕事を通じて、得たものは少なくありません。これからも続けていきます。
声だけで人とつながる仕事を、もう少し続けてみようと思っています。その中でまた、誰かの声が記憶に残るかもしれません。


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