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『左ききのエレン』の一言に、社会人として刺さった話|才能ではなく覚悟の物語

自宅で働くフリーランスなので、私は一人で過ごす時間がとても多いです。あまり外出もしないので、自然と動画配信サービスに頼りがちな毎日です。そんな中で最近見て、強く心に残ったアニメがあります。『左ききのエレン』です。

『左ききのエレン』はどんな話か

『左ききのエレン』は、広告業界を舞台に「才能とは何か」を描いた作品です。

主人公の朝倉光一は、大手広告代理店で働く若手クリエイター。学生時代は自分にも特別な才能があると信じていましたが、社会に出て圧倒的な実力を持つ人たちに出会い、自分は天才ではないと思い知らされます。一方、タイトルにもなっている山岸エレンは、常識では測れない才能を持つ天才画家です。凡人と天才、両方の視点を行き来しながら物語は進みます。

刺さったのは、上司の一言

私がいちばん刺さったのは、光一が自分の実力に悩んでいるとき、上司の神谷雄介が投げかける言葉でした。

仕事がうまくいかないとき、人はつい「時間が足りなかった」「本調子じゃなかった」「本当はもっとできた」と考えてしまいます。光一も、どこかで「本来の自分ならもっといい仕事ができるはずだ」と思っている。そんな彼に、神谷はこう言います。「でもそんな“万全”一生こねぇぞ」。

そして、体調が最悪でも、寝ていなくても、つらいことがあっても、その中で歯を食いしばってひねり出した仕事が、お前の実力の全てだ、と続けるのです。

これは才能ではなく、覚悟の話

このセリフの本質は、「本来の実力なんてものは存在しない」ということだと思います。

人はよく「今日は本調子じゃなかった」と言います。でも、絶好調の日もあれば最悪の日もある。その全部を含めて、その人の実力なのだ、と。

学生時代なら「本気を出していないだけ」と言い訳できることもあります。でも仕事では、クライアントも上司も「本気を出せばできたはず」という可能性は評価してくれません。見られるのは、実際に出した成果だけです。

だからこの場面は、才能の話をしているようで、実は覚悟の話なんだと感じました。「天才になれ」ではなく「今の条件で戦え」。完璧な環境を待つのではなく、不完全な自分を受け入れて仕事をすることがプロなのだと、突きつけてくる。多くの人が「本当の自分はもっとできる」と思いながら生きているからこそ、その幻想を壊しながら背中を押してくれる、厳しいけれど前向きになれる名シーンでした。

同じように悩んでいる人へ

もし今、仕事や勉強で「本調子が出せていないだけ」「本当はもっとできるはず」と感じている人がいたら、このセリフを思い出してみてほしいです。

完璧なコンディションが整う日を待つより、今ある条件のまま、一歩だけ動いてみる。そのほうが結果的に前に進めることが多いと、私はこの作品に教えてもらいました。落ち込んだときほど「万全じゃない自分」を責めずに、その状態でできることをやってみる。それだけで、ずいぶん気持ちが軽くなります。

私のアニメの見方

私がアニメを見るのは、家でウォーキングマシンを使っているとき、夜更かしのお供、それから休日が多いです。マンガや本で元ネタを知っている作品も多いので、じっくり集中するというより、家事の合間に音声だけ聞いていたり、流し見していたりすることもよくあります。

聖地巡礼より、背景を調べたい

ちなみに私は、アニメをきっかけに聖地巡礼をしたり、グッズを集めたりすることは、あまりありません。好きな作品に出会うと、その舞台になった時代背景や文化、作者が何を描こうとしたのかを調べるほうが、自分には楽しいんです。

ただ、推し活や聖地巡礼をする人たちのことは、素敵だなと思っています。感動したものに対して、実際に足を運んだり、お金や時間を使ったりするのは、その人なりの愛情表現なのだろうなと。「好き」を現実の体験に変えていく行動力や熱量は、純粋にすごいと思います。私にはない力なので、なおさら眩しく見えます。

才能という言葉が持つ残酷さ

「左ききのエレン」を読み進めていくうちに、才能という言葉が持つ残酷さについて深く考えさせられた。エレンには誰にも真似できない「才能」がある。でも物語の主人公は、才能のない側の人間だ。努力を重ねて、必死に走り続けて、それでも才能のある人間には追いつけないかもしれないという現実。その描写がリアルすぎて、読んでいて胸が痛くなった。

才能とは何かということを、この作品は正面から問いかけてくる。練習で積み上げられるものと、生まれながらに持っているものの違い。どれだけ努力しても埋まらない差というものが、世界には存在するのかもしれない。そういう現実を直視することの辛さと、それでも諦めない人間の姿を、この作品は描いている。読んでいて「自分だったらどうするか」と何度も自問した。

広告業界を舞台にしたリアリティ

「左ききのエレン」の舞台は広告業界だ。デザイン、クリエイティブ、コピーライティング。そういった仕事に関わる人たちが、才能と戦いながら日々仕事を続けていく。業界を知らなくても十分楽しめるけれど、知っている人にはよりリアルに刺さる描写が随所にあると聞く。

クリエイティブな仕事というのは、評価の軸が明確じゃない。数字で結果が出るものと違って、「良い」と思う人と「良くない」と思う人が分かれることもある。その曖昧さの中で、どう自分の仕事と向き合うか。それは広告業界に限った話じゃなくて、何かを作る仕事全般に通じるテーマだと思う。だから業界を知らなくても共感できるし、刺さる部分がある。

主人公が悩みながらも諦めない姿、先輩たちがそれぞれの形で仕事と向き合う姿。職場のリアルな空気感も、読んでいてとてもよく描けていると感じた。こういう人いるよな、という感覚が随所にあって、フィクションでありながら地に足のついた物語になっている。

「努力できること」も才能なのかもしれない

この作品を読んでいて何度も思ったのが、「努力を続けられること」自体も一つの才能なのかもしれないということだ。簡単に諦める人と、諦めずに続けられる人の差はどこから来るのか。持って生まれた性格の部分もあるし、環境の部分もある。でもその努力の継続の中に、その人の本質が宿っていくということを、この物語は伝えてくれている気がする。

天才的な才能を持つエレンが眩しく見える一方で、才能がなくても走り続ける主人公の姿には、違う種類の強さがある。才能という一点で比べれば勝てないかもしれない。でも積み上げた時間と経験と、それでも続けた意志は、確実にその人のものになっていく。それは才能とは別の形での、かけがえのない財産だ。

読後に仕事への向き合い方が変わった

「左ききのエレン」を読んだ後、自分の仕事への向き合い方が少し変わった気がする。才能がないからといって諦めることと、才能がなくても続けることは、同じ状況から全く違う結果を生む。主人公が諦めずに走り続ける姿を見ていたら、自分も少しだけ「もう少し続けてみよう」という気持ちになれた。

フィクションのキャラクターから勇気をもらうというのは、少し照れくさいかもしれないけれど、実際にある体験だと思う。誰かの生き様が、自分の背中を少し押してくれることがある。この作品はそういう力を持っている。難しい状況の中で自分はどうあるべきかを、主人公の姿を通して考えさせてくれる。それだけで、読んだ価値は十分あった。

才能のある人を羨む気持ちは誰にでもある。でもそれと同時に、今の自分にできることを積み重ねていくことの大切さを、この作品は静かに教えてくれた。エレンのような才能はなくても、続けることで積み上がるものがある。それを信じて走ること。それがこの作品から受け取ったメッセージだった。

マンガと小説、どちらから読むか

「左ききのエレン」はもともとWebマンガとして生まれた作品で、後に小説版も出ている。私はマンガから入ったけれど、小説版はまた違う角度で物語が展開されていると聞く。マンガと小説の両方を体験することで、同じ物語の違う側面が見えてくるらしい。これはメディアミックス作品ならではの楽しみ方だと思う。マンガは絵の力で感情が直接伝わってくる。表情の一つ、ページをめくった瞬間の見開き。そういう視覚的な体験は文章では再現できない。一方で文章には、心理の細かな描写や行間の余白がある。どちらが優れているということではなくて、それぞれの形に合ったものがある。両方触れることで、物語への理解と愛着が深まる。まだ小説版を読んでいないから、次の楽しみとして取っておいている。

誰かに勧めるとしたら

「左ききのエレン」を誰かに勧めるとしたら、クリエイティブな仕事をしている人、あるいはしたいと思っている人に特に読んでほしいと思う。デザイナー、コピーライター、エンジニア、音楽家、文章を書く人。何かを作ることに関わっている人なら、きっと刺さる部分がある。でも同時に、クリエイティブな仕事とは無関係な人にも、才能と努力の話は普遍的に届くと思う。自分の仕事に限界を感じている人、才能のある人を見て羨ましいと感じる人、それでも諦めずに続けている人。そういう人たちの心に、この作品はきっと何かを置いていく。重いテーマを扱っているけれど、読んでいて絶望させる作品ではない。むしろ「それでも続けよう」という気持ちにさせてくれる。そういう力がある作品に出会えたことを、素直に嬉しく思っている。

この作品が残したもの

「左ききのエレン」を読み終えて、しばらく経った今も、いくつかの場面が頭に残っている。特定のセリフや、誰かの表情が、ふとした瞬間によみがえってくる。そういう形で記憶に残る作品は、何か大切なものを置いていってくれた証だと思っている。才能という言葉に向き合う気持ち、それでも走り続けることへの敬意、諦めと継続の間で揺れる人間のリアルさ。この作品から受け取ったものは、読書体験を超えて、日常の中の自分の考え方に少し溶け込んでいる気がする。それがいい作品と出会った証だと思っている。次に誰かが「何か面白い作品ない?」と聞いてきたら、真っ先にこの作品を勧めようと決めている。

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